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睡眠障害

睡眠障害について

―こころと体の健康を支える「眠り」の理解のために―


1. 睡眠障害とは

睡眠障害とは、「眠ろうとしても眠れない」「途中で目が覚める」「朝早く目が覚めてしまう」「日中に眠気が強くて仕事や学業に集中できない」など、睡眠の質や量の問題によって生活機能が損なわれる状態を指します。

このような問題は一時的なストレスや環境の変化で誰にでも起こり得ますが、症状が長期間続くと心身にさまざまな悪影響を及ぼすため、医療的な対応が必要になります。睡眠は「脳と心のメンテナンス時間」であり、その乱れはうつ病や不安障害、高血圧、糖尿病、認知機能低下などとも密接に関係しています。


2. 睡眠障害の分類

国際分類(ICSD-3やDSM-5)では、睡眠障害は以下のように分類されています。

(1)不眠症(Insomnia)

最もよく見られるタイプです。「寝つきが悪い」「夜中に何度も目が覚める」「朝早く目が覚めて再入眠できない」といった訴えが典型的で、本人の意思では眠れず、日中に倦怠感や集中力低下、抑うつ気分などが現れます

多くは精神的ストレス、不安やうつ状態との関連が深く、慢性化するほど治療が難しくなります。

(2)過眠症(Hypersomnia)

夜に十分な睡眠時間を取っても、日中に耐えがたい眠気が繰り返し出現し、生活や仕事に支障をきたす状態です。以下のような病態が含まれます。

  • ナルコレプシー
    睡眠発作(突然強い眠気に襲われる)に加え、笑ったり驚いたりしたときに力が抜ける「情動脱力発作(カタプレキシー)」が特徴的です。レム睡眠制御の異常が関与し、10代から発症することが多い疾患です。

  • 特発性過眠症
    強い日中の眠気がありながら、夜間の睡眠は長く、目覚めが極めて困難な病態です。ナルコレプシーとの鑑別が重要です。

(3)概日リズム睡眠・覚醒障害(体内時計の乱れ)

ヒトの睡眠は「体内時計」と呼ばれるリズムによって制御されています。これがずれることで社会生活と睡眠のタイミングが合わなくなり、以下のような症状が起こります。

  • 睡眠相後退型:寝つきが深夜〜早朝となり、起きるのが昼頃になる。思春期や若年成人に多くみられます。

  • 非24時間型:毎日少しずつ睡眠時刻がずれていく。視覚障害者に多く報告されています。

  • 交代勤務障害/時差障害:夜勤や海外渡航によって生活リズムが乱れることで起こります。

(4)睡眠関連呼吸障害

最も代表的なのが**睡眠時無呼吸症候群(SAS)**です。睡眠中に舌や軟口蓋が喉をふさぐことで呼吸が停止し、繰り返し覚醒します。

  • 主に中年以降の男性に多く、いびき・日中の強い眠気・頭痛・起床時の疲労感などが特徴です。

  • 高血圧・心疾患・脳卒中などのリスクを高めることが知られており、早期発見と治療が重要です。

治療はCPAP(持続陽圧呼吸療法)が中心です。

(5)睡眠時随伴症(パラソムニア)

睡眠中に起こる異常行動で、以下のようなものがあります。

  • レム睡眠行動障害:夢の内容に合わせて大声を出したり手足を動かす。パーキンソン病など神経変性疾患との関連が注目されています。

  • 夜驚症や夢遊病:深い睡眠中に突然叫ぶ、起き出して歩き回るなど。子どもに多く、通常は成長とともに自然に治まります。


3. 睡眠障害が及ぼす影響

睡眠障害は、単に「眠れない」ことだけではなく、日中の生活の質(QOL)全般に重大な影響を及ぼします。

  • 集中力・記憶力・判断力の低下

  • 抑うつ・不安・イライラなど感情の不安定

  • 交通事故や作業中のミスの増加

  • 高血圧、糖尿病、心疾患のリスク上昇

  • 慢性疲労・生活意欲の低下

さらに、慢性の不眠や睡眠の質の低下はうつ病の発症リスクを約2倍に高めるとも報告されています。


4. 診断と評価の進め方

睡眠障害の診断には、ていねいな問診睡眠パターンの把握が重要です。問診では以下のような項目を確認します。

  • 睡眠時間帯、寝つきやすさ、中途覚醒の有無

  • 眠気が強くなる時間帯や状況

  • ストレスの有無、生活習慣の変化

  • 睡眠時の異常行動(夢遊、いびき、無呼吸など)

加えて、次のような検査が行われることもあります:

  • 睡眠日誌やアクチグラフによる生活リズムの把握

  • **終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)**による脳波・呼吸・筋電図などの測定

  • **エッセンシャル質問票(ESS)**による日中の眠気評価


5. 治療の基本方針

睡眠障害の治療は、原因疾患や型に応じて、段階的に行うことが原則です。

(1)生活習慣の調整(睡眠衛生指導)

  • 就寝・起床時刻を一定に保つ

  • 就寝前のスマートフォン・PC使用を避ける

  • 寝酒・カフェイン摂取を控える

  • 日中に軽い運動や日光浴を取り入れる

(2)認知行動療法(CBT-I)

不眠症の治療では、**認知行動療法(CBT-I)**が国際的に推奨されています。睡眠に対する誤った思い込みや不安を修正し、行動習慣を変えることで改善を目指します。副作用がなく、長期的な効果が期待されます。

(3)薬物療法

  • 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬(ゾルピデムなど)

  • メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)

  • オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサントなど)

薬は対症的に使われることが多く、短期間・必要最小限にとどめることが原則です。

(4)専門的治療

  • SASに対してはCPAP療法が第一選択

  • ナルコレプシーにはモダフィニルやメチルフェニデートなどの治療薬

  • 概日リズム障害にはメラトニン製剤と光療法


6. 睡眠研究の進展と新たな知見

近年、睡眠の生理機構やその役割について、次のような重要な知見が明らかになっています:

  • **脳の老廃物を除去する「グリンパティック系」**は主に睡眠中に働く。

  • 睡眠中に記憶の固定・感情の整理が行われる。

  • 睡眠不足は海馬や前頭前野の働きを鈍らせ、抑うつや不安を引き起こす要因となる。

  • ウェアラブル端末によって個人の睡眠パターンを詳細に記録・分析できるようになり、治療や生活指導に活かされつつあります。


7. おわりに

「眠れないこと」は、軽視されがちですが、心身の不調の入口であることも少なくありません。睡眠障害は、正確な診断と適切な対応によって多くの場合改善が可能です。

「寝ても疲れが取れない」「日中の眠気で困っている」「眠りの質が悪いと感じる」――そんなときは、どうぞお気軽にご相談ください。睡眠の問題を整えることが、こころと体を整える第一歩になります。

 

睡眠が起こるメカニズム:神経科学と臨床の統合的理解


1. 睡眠はどうして必要か?

私たちはただ「疲れたから眠る」のではありません。
睡眠は、脳と身体の回復、記憶の整理、免疫の調整、情動の安定などを担う生理的に不可欠なプロセスです。そして、このプロセスは、高次の神経ネットワークと化学信号によって精密に制御されています。


2. 睡眠を起こす2つのシステム:Two-Process Model

✅ プロセスS:睡眠恒常性(睡眠圧)

  • 覚醒中、脳内でエネルギー(ATP)が消費されると、その副産物であるアデノシンが蓄積します。

  • アデノシンは、視床下部前部(VLPO 腹外側視索前野)にあるA2A受容体に作用し、睡眠中枢を活性化します。

  • これは「疲れたから眠い」の正体であり、アデノシンは**「眠気の化学的サイン」**です。

✅ プロセスC:概日リズム(サーカディアン・リズム)

  • 脳の視交叉上核(SCN)が「体内時計」として、光の情報を基に夜にはメラトニンを分泌させ、睡眠に適した状態を整えます。

  • メラトニンは直接的な催眠物質ではないが、体温を下げ、オレキシン系の活動を抑え、脳を“夜モード”に切り替える役割を持ちます。


3. 睡眠スイッチ:VLPOと覚醒中枢の相互抑制

🧠 VLPO(腹外側視索前野:視床下部前部)

  • 睡眠の開始を司る中枢で、GABAとガラニンを分泌して覚醒中枢を抑制します。

  • 覚醒が続くと、アデノシンが蓄積し、VLPOのA2A受容体を刺激してその活動を高める

🔆 覚醒中枢(ヒスタミン・オレキシン・NA・5HT系)

  • ヒスタミン(TMN 結節乳頭体核)、オレキシン(LHA 外側視床下部)、ノルアドレナリン(LC 青斑核)、セロトニン(DRN 背側縫線核)などが覚醒状態を維持。

  • 特にオレキシンはOX2Rを介してVLPOを抑制し、睡眠への移行を防いでいる。

🔁 相互抑制構造(flip-flopスイッチ)

  • VLPOが活性化するとGABAとガラニンにより覚醒中枢を抑え、

  • 結果としてオレキシン系の活動が低下し、VLPOへのOX2R入力も減少

  • この正のフィードバックにより、睡眠モードへの切り替えが一気に進む


4. ブルーライト・カフェインの影響

  • ブルーライト(青色光)はipRGCを介してSCNを刺激し、メラトニン分泌を抑制 → 概日リズムが夜であることを認識できなくなる。

  • カフェインはアデノシン受容体(A1/A2A)を遮断 → 脳が「疲れた」と感じなくなる → VLPOが活性化できない

👉 この2つは、本来協調して働く睡眠リズムと睡眠圧を“ねじれ”させ、睡眠の質を破壊します。


5. 睡眠における神経回路の切り替えとネットワークの役割

● ノンレム睡眠(特に徐波睡眠)

  • 脳波は低周波・高振幅(delta波)で、脳内ネットワークが同期

  • 記憶固定、老廃物除去(グリンパティック系)が行われる

● レム睡眠

  • 大脳皮質や扁桃体が活性化し、夢や情動処理が活発に

  • OX2Rを介した覚醒系のトーンが低いことで、夢見ながらも運動抑制された「脳の再編成時間」になる


6. 睡眠薬が働くポイント(臨床との接続)

  • ベンゾジアゼピン系:GABA-A受容体を増強 → 全般的な抑制

  • オレキシン受容体拮抗薬(DORA/SORA)

    • OX2Rへの作用が強い薬(例:レンボレキサント) → 睡眠維持に強い

    • OX1Rも遮断(例:スボレキサント) → 情動的覚醒も抑制するが、悪夢リスクに注意

  • アデノシン受容体作動薬は理論上有望だが、臨床応用は未成熟


✅ 総まとめ:睡眠が起こるとはどういうことか?

覚醒中にたまった“疲労”という生化学的サイン(アデノシン)が、脳の“夜モード”(メラトニン)と重なったとき、脳内のスイッチが切り替わり、睡眠ネットワークが立ち上がる。
これは、脳が意識的に「寝よう」と判断しているのではなく、神経・分子・時間の積み重ねによって「眠りに移行する構造が自然に起動している」のです。