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精神科クリニックにおけるてんかん診療のご案内
はじめに
てんかんは、脳の一時的な異常な電気的活動により繰り返される発作を特徴とする慢性の神経疾患です。発作には多様な型があり、運動症状に限らず、感覚、感情、認知、意識などのさまざまな面に影響を与えます。さらに、てんかんは精神症状や神経発達症との関連も深く、診療には脳神経内科、精神科、小児科、脳外科、教育・福祉関係者との多職種・多領域の連携が必要です。本稿では、精神科クリニックの視点から、てんかん診療の基本とその広がりについて解説します。
第1章:てんかんの定義と疫学
てんかんは国際抗てんかん連盟(ILAE)によって、「脳の持続的なてんかん性素因に基づく発作の反復を特徴とする疾患」と定義されます。1回の発作でも、将来の再発リスクが高いと判断される場合には「てんかん」と診断されます。小児から高齢者まであらゆる年齢層で発症し、日本では人口のおよそ1%、約100万人がてんかんとともに生活しています。
第2章:発作型分類とてんかん分類
A. 発作の起始部位による分類(ILAE 2017年分類)
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焦点起始発作:
限局した脳の部位から異常な電気活動が始まる。
意識が保たれている(Focal aware seizures)または減損する(Focal impaired awareness seizures)で分類。
それぞれに対し:
- 運動症状を伴うもの(Motor onset)と 非運動性のもの(Non-motor onset)に分類する。 -
全般起始発作:
両側大脳半球に同時に異常放電が生じる。
運動性(強直間代発作、脱力発作など)と非運動性(欠神発作など)に分類。 -
起始不明発作:
発作開始部位が不明確な場合。
B. てんかん分類(てんかん症候群)
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特発性全般てんかん(IGE):10~15%
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側頭葉てんかん(TLE):成人焦点てんかんの最多(約60%)
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レノックス・ガストー症候群などの難治性てんかん
焦点起始発作が約60%、全般起始発作が30%、その他が10%。
第3章:病態生理と診断手法
初期診療の多くは、病歴・発作型・脳波をもとに診療が進められます。ていねいな病歴聴取、発作の型や頻度の確認、脳波検査──この3点を押さえると、多くの場合は診断の見通しを立て、実際的な診療が可能です。当院では、必要に応じて高次医療機関と連携し、精密検査の紹介や治療方針の相談を行っています。
A. 病態
てんかんは、神経細胞の過剰興奮と同期活動によるもの。イオンチャネル異常、抑制系と興奮系のバランスの乱れ、神経回路網の再構築が関連。
B. 診断
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脳波検査(EEG):突発性異常波(spike、spike-and-waveなど)を確認
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脳波ビデオモニタリング:発作時の脳波と発作時の行動を記録する。てんかん発作の分類や非てんかん発作との鑑別に重要
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頭部MRI:構造的異常(海馬硬化、皮質形成異常など)を検出
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SPECT:発作時の局所脳血流の変化を評価
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スマートフォンによる発作の動画記録:診断の補助として極めて有用
第4章:治療と薬物療法(詳細解説)
A. 抗てんかん薬(AED)
てんかん治療の第一選択は薬物療法です。約60〜70%の患者は1〜2剤の抗てんかん薬で発作がコントロールされます。薬剤選択は、発作型、年齢、性別、妊娠の有無、併存疾患、薬物相互作用などを総合的に考慮して決定されます。
主な抗てんかん薬の特徴:
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バルプロ酸(デパケン):広範囲な発作型に有効。気分安定作用もあり双極性障害に併存するてんかんに有用。ただし、妊娠時の催奇形性リスクが高いため注意。
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カルバマゼピン:焦点起始発作に特に有効。薬物相互作用が多く、慎重なモニタリングが必要。
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ラモトリギン:うつ傾向を併発する症例に有効。導入時は皮膚障害に注意。
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レベチラセタム:全般起始発作・焦点起始発作に広く使用される。刺激性、易怒性などの副作用に注意。
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ラコサミド:新しいNaチャネル調整薬。高齢者にも使用しやすく、認知機能への影響が少ないとされる。
B. 薬剤抵抗性と非薬物療法
2剤以上の適切な抗てんかん薬(単剤または併用)を、十分な量と十分な期間使用しても発作が持続する場合、「薬剤抵抗性てんかん」と判断されます。このような場合、以下の選択肢が検討されます:
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外科的治療(焦点切除術など)
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迷走神経刺激療法(VNS)
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脳深部刺激療法(DBS)
いずれも専門施設との連携が不可欠です。
第5章:てんかんと精神症状・認知障害
てんかん患者の30~50%が精神疾患の診断を受けており、精神症状を呈する人は50~70%に達すると報告されています。うつ、不安、易怒、衝動性、脱抑制、幻覚妄想、意識障害様症状(解離)などがみられ、発作間欠期や発作直後、あるいは慢性的に出現します。
とくに側頭葉てんかんでは気分症状や幻覚妄想が多く、前頭葉てんかんでは衝動性や脱抑制が目立ちます。てんかん性精神病とされる症候群は、発作活動や脳波異常との関連で起こる一過性の精神症状を指します。
さらに、てんかんと神経発達症(ASD, ADHD, 知的障害)との合併も多く、相互に行動・情動・認知面への影響を及ぼすため、個別の対応が求められます。
心因性非てんかん発作(PNES)との鑑別
心因性非てんかん発作(Psychogenic Nonepileptic Seizures:PNES)は、てんかんと似た外見を持つが、脳の異常な電気活動を伴わない発作様のエピソードです。多くは心的外傷やストレス、解離などの心理的要因によって引き起こされ、特に青年期や若年成人、女性に多くみられます。PNESとてんかんの併存もあり、診断には脳波ビデオモニタリングが有用です。精神科では、PNESへの理解と適切な心理的支援が不可欠です。
第6章:てんかんと発達特性・認知機能
てんかんと神経発達症(ASD、ADHD、知的障害など)は高い頻度で併存します。てんかん患者のうち、特に小児例や若年発症例では神経発達症を伴う割合が高く、行動上の困難や認知特性の違いが診療に影響を与えます。例えば、ASDを併存する場合には感覚過敏やコミュニケーションの困難さ、ADHDを伴う場合には注意・衝動のコントロール困難がみられます。
また、てんかんそのものやその治療(薬剤)による認知機能への影響も考慮する必要があります。とくに記憶、注意、処理速度の低下が報告されており、学校や職場での支援体制の構築も重要です。こうした認知的・発達的特性を把握するためには、心理検査や知能検査を含む発達評価が有用です。
第7章:てんかん患者と生活支援・社会的配慮
てんかんは発作のある時だけでなく、日常生活全体に影響を及ぼす疾患です。睡眠不足、強いストレス、過度の疲労、光刺激(特に閃光)などは発作を誘発しやすいため、日常生活の中での発作誘発因子への配慮が必要です。
また、発作時の安全確保(入浴、運転、外出時の注意)や、学校・職場における発作の理解と対応、周囲の支援も重要です。本人・家族・支援者がてんかんの特性を理解し、発作時の対応(刺激せず安全な体位で見守る、必要があれば救急対応)を事前に共有しておくことが安心につながります。
スマートフォンによる発作時の動画記録は、診断や経過把握に非常に有用です。受診前に家族や支援者に記録を依頼しておくと、診療の質が高まります。
第8章:てんかんと医療連携・診療科の役割分担
てんかん診療は精神科単独では完結せず、脳神経内科、小児科、脳神経外科、産婦人科、救急科などとの連携が不可欠です。特に診断初期では脳波検査やMRI、SPECTなどの精密検査が必要となる場合があり、脳神経内科や小児科との協力が求められます。
薬剤抵抗性てんかんや手術適応の評価には、てんかん専門医(主に脳神経外科)との連携が不可欠です。さらに、妊娠可能年齢の女性では、妊娠・出産と薬剤の安全性に配慮した治療調整が必要であり、産婦人科との連携が重要です。
精神科は、精神症状の評価と治療、発達評価、心理支援、生活調整、家族支援などの面で、てんかん診療に貢献できます。
第9章:精神科クリニックにおける支援の具体例
精神科クリニックでは、以下のような支援を行っています。
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発作型・精神症状・発達特性をふまえた総合評価
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薬物治療の導入・調整
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精神症状に対する薬物療法・精神療法
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行動調整・環境調整に関する家族支援
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学校や職場との連携支援
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自立支援医療(精神通院)制度や精神保健福祉手帳などの制度活用
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必要に応じた高次医療機関や専門機関への紹介
第10章:おわりに
てんかんは脳の疾患であると同時に、精神・発達・社会生活全般に影響を及ぼす複合的な病態です。精神科クリニックでは、単なる抗てんかん薬の処方にとどまらず、精神症状や行動上の困難への対応、家族・支援者との協力、必要に応じた医療連携など、包括的な支援を目指しています。
患者さん一人ひとりの特性に応じた診療と支援を通じて、安心して暮らせる生活の実現をお手伝いしてまいります。
てんかんに伴う精神症状
— 症候・診断・神経基盤と治療の指針 —
1. はじめに
てんかんは発作性の脳疾患として知られていますが、その本質は脳内ネットワークの慢性的障害であり、発作以外にも多彩な精神症状を伴うことが特徴的です。
これらの精神症状は、てんかんの病態そのものの一部として理解することが重要です。
2. てんかんに伴う精神症状の種類と出現頻度
● 主観的・臨床的に多くみられる精神症状(診断未満の訴えを含む)
精神症状 推定頻度(%) 特徴
不快気分 50〜70% 「うまく言えないが調子が悪い」「イライラ」「落ち着かない」など曖昧な主観的不調感が多い
不安(予期不安・社会不安)40〜60% 発作の再発に対する恐怖や、人前で倒れることへの不安が持続的に現れる
易怒性・衝動性 20〜40% 前頭葉・辺縁系の変調により感情制御が困難になり、対人トラブルが多発しやすい
焦燥感 15〜30% 不快や不安が高まることで身体化された行動として現れる(歩き回る・落ち着かない)
抑うつ気分 20〜40% 典型的なうつ病とは異なり、不快気分や焦燥が前景にあるケースが多い
注意・記憶の障害 30〜50% 側頭葉・前頭葉ネットワーク障害や薬剤の影響も関与
幻覚・妄想 5〜10% 特に全身けいれん後数日以内に出現する「発作後精神病」に特徴的
解離症状(PNES含む) 5〜15% 離人感、健忘、心因性非てんかん発作などとして現れる。女性に多く、トラウマ歴と関連
3. 精神科診断がついた場合の診断名の分布(てんかん患者全体の30~50%)
精神疾患名 推定頻度(全体比) 備考
うつ病性障害(大うつ病など) 15〜25% 側頭葉てんかんや難治性てんかんに多く、情動ネットワーク障害と関連
不安障害(GAD、社交不安など)15〜20% 発作予期・対人緊張などによる持続的な不安が基盤
適応障害 10〜15% 発症年齢、就学・就労問題、社会的孤立が誘因
解離性障害/PNES(心因性非てんかん発作) 5〜10% 解離性応答としての発作様症状。脳波でてんかん性異常を伴わない
てんかん後精神病(Postictal Psychosis) 2〜5% 強直間代発作の数日後に出現する幻覚・妄想状態
双極性障害(軽躁含む) 2〜4% 気分の不安定性とてんかん活動の連動性が注目される
統合失調症スペクトラム障害 1〜2% 構造的ネットワーク障害が広範な症例に限るが存在する
神経発達症(ADHD、ASDなど) 5〜15% 小児・若年成人に多く、てんかんと併存しやすい神経発達傾向
4. 年齢・てんかん型・性別による傾向
観点 傾向
小児・思春期 ADHD、情緒不安定、行動障害。思春期以降に不安や抑うつも出現しやすい
成人(特に側頭葉てんかん) 精神症状が最多。気分障害・不安障害・幻覚妄想などが高率(精神症状の合併率50〜70%)
前頭葉てんかん 衝動性・攻撃性・易怒性が目立ち、対人トラブルに発展しやすい
女性 不安・うつ・PNES(心因性非てんかん発作)が多く、情動調整の脆弱性が目立つ
高齢者 抑うつや認知症様症状が前景に出やすく、発作に気づかれにくいこともある
5. 神経ネットワークからの理解:なぜ精神症状が起こるのか?
てんかん性ネットワークは、単なる局所過興奮ではなく、扁桃体・前頭前野・島皮質などを含む広域の情動・認知ネットワークと重なっている。このため、発作がなくとも以下のような神経的影響が持続する。
ネットワーク 関与領域 精神症状との関連
情動制御ネットワーク 扁桃体、前頭前野、島皮質 不快気分、不安、易怒性、衝動性
サリエンスネットワーク(SN)島皮質、前部帯状回 解離、過覚醒、焦燥感
DMN(デフォルトモード)海馬、内側前頭前野 抑うつ傾向、離人感、内省の困難
CEN(中央実行系)背外側前頭前野など 注意障害、遂行機能低下、社会的問題
6. 精神症状に対する向精神薬の選択指針
● 原則:
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発作が持続・脳波異常あり:慎重投与
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発作寛解・脳波正常・発達的背景なし:原則として健常者と同様の選択が可能
●主な症状と薬剤の例
症状 推奨薬剤 留意点
不安 SSRI(セルトラリン、エスシタロプラム等) 発作誘発リスク低い。離脱症状に注意
不快気分・抑うつ SSRI/SNRI/ラモトリギン SSRI反応乏しい場合は気分安定薬併用も検討
易怒性・衝動性 クエチアピン、バルプロ酸 鎮静と情動安定に有用
解離・PNES 認知行動療法+少量SSRI 対人関係調整と併行して実施
幻覚・妄想 アリピプラゾール、オランザピンなど SGA第一世代は原則避ける
7. まとめ
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てんかん患者の精神症状は頻度が高く、種類が多彩であり、発作そのものと同等かそれ以上に生活への影響を及ぼす。
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その背景には、てんかん性ネットワークが扁桃体・前頭前野・島皮質などの情動ネットワークと重なることがある。
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精神症状がある=てんかんのコントロール不良とは限らず、心理的・社会的・神経発達的要因を統合的に評価する必要がある。
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向精神薬の選択は、発作リスクと脳波所見を踏まえた上で、安全かつ柔軟に行うことが可能である。