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うつ病

 

うつ病とは──脳とこころのエネルギー障害としての理解

はじめに

うつ病は、単なる気分の落ち込みではなく、脳と身体のはたらき全体に深く影響する脳内のエネルギー代謝の障害神経ネットワークの機能不全、さらには認知・睡眠・免疫・自律神経系の広汎な調和の乱れを伴う「全身的な状態変化」です。

当院では、うつ病を「回復可能な脳の変調」として理解し、その人らしい生き方を取り戻す支援を大切にしています。以下に、うつ病についての最新の脳科学的理解と治療の考え方をお伝えします。


うつ病の症状

うつ病の主な症状は以下の通りです(DSM-5準拠):

  • 抑うつ気分(悲しみ、絶望感、興味や喜びの喪失)

  • 意欲の低下、疲労感、集中困難

  • 睡眠障害(不眠または過眠)

  • 食欲変化(減退または過食)

  • 自責感、無価値感

  • 思考の鈍化や決断困難

  • 死についての反復思考(時に自殺念慮)

こうした症状は、少なくとも2週間以上持続し、日常生活・仕事・家庭生活に支障を来すようになります。


うつ病の背景──脳のエネルギー代謝障害として

ミトコンドリアとATP産生低下

うつ病の背景には、脳内ミトコンドリアの機能低下が関与しているとする研究が増えています。ミトコンドリアは神経細胞の「エネルギー工場」であり、ATP(アデノシン三リン酸)を産生して神経活動を支えています。慢性的なストレス、炎症、睡眠障害などが持続すると、ミトコンドリアのDNAが損傷し、ATP産生能が低下します。

その結果、脳内の前頭前野、扁桃体、海馬などの重要なネットワークが機能低下を起こし、意欲の低下、認知機能の低下、感情調節の困難などを引き起こします。特に前頭前野と扁桃体のエネルギー枯渇は、抑うつ状態と強く関連します。


神経ネットワークの不調

うつ病では、次のような大規模神経ネットワークの活動異常が報告されています:

  • DMN(デフォルトモードネットワーク):過去の記憶や自己内省に関わり、過剰に活動すると反芻思考(ネガティブな考えのループ)に陥りやすくなる。

  • CEN(中央実行系ネットワーク):注意・意思決定・ワーキングメモリを担い、活動低下すると集中困難が起きやすくなる。

  • SN(サリエンスネットワーク):刺激の重要性を判断しDMNとCENを切り替える役割があり、不調になると情動やストレスへの反応が過敏になる。

これらのネットワークの調和が崩れることで、うつ病の「考えがまとまらない」「感情が制御できない」「意味を感じられない」といった症状が生じます。


回復のメカニズム──修復には時間がかかる

神経細胞のミトコンドリアやネットワークは、ストレスによる損傷を受けても少しずつ自己修復する能力を持っています。しかしその速度は速くはなく、6か月〜1年程度かけて徐々に回復するケースも珍しくありません。

その過程では、休養、十分な睡眠、安心できる環境が重要です。脳は「冷却せずに過労で動き続けたCPU」のように、一度過熱して損傷してしまうと回復に時間がかかります。だからこそ、「すぐに良くなろうとしないこと」も治療の一部と考えられます。


治療の考え方

1. 薬物療法──脳内環境の安定化

抗うつ薬は、神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなど)の調整を通じて、**脳のネットワーク活動を安定化し、自発的回復を促す「下地作り」**の役割を果たします。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やSNRI、NaSSA、など、患者の症状や副作用の出やすさに応じて選択されます。また、気分の変動が大きい場合には気分安定薬(例:リチウム、ラモトリギン)を併用することもあります。

薬物療法だけで完全に治すのではなく、薬で脳を休ませ、その間に思考や生活を整える時間を稼ぐ──そう理解することが現実的であり、患者さんにも受け入れられやすいと感じます。


2. 精神療法──予測モデルの修正と自己理解の支援

うつ病では、世界の見え方が「悲観的・自己否定的」に偏ってしまいます。これは、脳が「この世界はつらいものだ」「自分には価値がない」という予測モデルに従って働いてしまっているからです。

認知行動療法(CBT)や支持的精神療法では、新たな経験や支援的対話を通じて、この予測モデルを書き換える作業が行われます。

当院では、GPTなどの外部知能も活用しながら、患者さんが自分の感情や思考を言語化し、整理し、新たな意味づけを得ることを支援しています。これは、いわば「自分の中に育つ知能を伴走させる」治療の一環でもあります。


睡眠と認知機能──回復の鍵

うつ病では睡眠障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など)が非常に多く、深いノンレム睡眠(特にδ波の出現するステージ4)が出にくくなることが知られています。ノンレム睡眠の段階で、グリンパティックシステムが老廃物(炎症性タンパクなど)を洗い流し、神経活動をリセットするため、睡眠の質は脳の回復に直結します。

また、認知機能の改善(注意力、記憶力、遂行機能など)は、意欲の回復よりやや遅れて現れることが多く、焦らず経過を見る必要があります。


家族や周囲の人の支援

うつ病の人は、「頑張れ」という励ましに傷つきやすくなっています。何かしてあげるよりも、「そばにいるよ」「話を聞くよ」という存在の支援が大切です。

また、「休むことはサボりではない」「今は治療のために休んでいる」と周囲が理解していることを、患者本人が感じられることが、回復の大きな力になります。


まとめ

うつ病は、脳と心のエネルギーが枯渇した状態です。責めるのではなく、支えることが回復への道です。

  • 脳のミトコンドリア機能や神経ネットワークの変調により生じる

  • 「考え方の偏り」ではなく「考え方を整える力が弱っている状態」

  • 修復には時間がかかるが、脳には回復力がある

  • 薬物療法と精神療法を補完的に用いる

  • 睡眠と認知機能の回復が重要なマーカーとなる

  • 支援者は「安心」と「受容」を提供する存在として関わる

うつ病は治る病気です。私たちは「意味を持って生きる力」を取り戻すお手伝いを行っています。